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minolta SR-7 (後期型:New SR-7)

minolta SR-7(後期)

 Minoltaはそれまでレンジファインダーカメラを製造していたメーカーであったが、1958年ついに同社で初めてとなる一眼レフカメラSR-2を発売した。以降、SR-1、SR-3、そして今回紹介するSR-7…SRシリーズとしてMC・MDマウントを生み出し、αショックが到来するまで同社の標準マウントとなった。ちなみに、SR-3からいきなり7になったのはこいつがマイナーチェンジを含めて通算7代目の一眼レフカメラであり、同年に発売されたハイマチックシリーズのカメラがアメリカの宇宙船フレンドシップ7号に持ち込まれたことにあやかるためである。
 さて、本題の話に戻ろう。SR-7は1962年に発売した世界で初めてCdS素子使用の外光式露出計を内蔵した一眼レフカメラである(NikonでいうニコンFフォトミックの位置づけだろうか)。これまで程々な位置づけであったSRシリーズであるが、このSR-7は同社が相当意気込んで作ったのか高級機として名をはせている。一番のウリであるその露出計は今で言うシャッター速度優先モードに相当するもので、シャッタースピードを設定するとそれに合った絞り値が指示されるというものだ。しかし、電池がなくてもバリバリ動く機械式カメラなもので現在まで一度も使用したことがない。機械式カメラだけあってボディーは非常にずっしりした頑丈な作りである。シャッタースピードは最速1/1000、現在でも十分に通用するものだ。シャッターを切る音も他社にはない迫力あり、非常に抜けの良い音で私好みである。
 読んでくださった方々も気になっているかもしれないが、タイトルに「後期型」と名の付く通り、当然「前期型」も存在する。前期型との違いとしては小型軽量化したかどうかで、基本スペックは全く同じである。しかも、小型軽量化と言ってもプリズムハウスが多少小さくなっただけで、持ってみた実感としてはあまり変化がないように感じられる。外観の変化もプリズムハウスの小型化に合わせてminoltaのロゴが少し移動したほか、アイピースの形状が丸形からオプションアクセサリーが装着可能な溝付きの角形に変更されたくらいだ。つまり、使う分にはそれほど変わらないということである。

minolta SR-7(前期)
▲minolta SR-7前期型

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旅立ちの日に…

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2009年3月13日撮影 9001レ:最終下り富士・はやぶさ 横浜駅にて

大学に入学したのがついこないだのように思える。卒業式がすぐそこまで迫り大学生活も残りわずか、4月からは新社会人である。勤務地は九州になるとは聞いていたが、先日とうとう正式通達が降りてきて沖縄に決まった。言わずもがな沖縄県はついこの間まで日本で唯一鉄道のない県だ。今はゆいレールというモノレールが開業したのでそうではないが、それでも鉄道好きには少々ツライ土地である。江ノ電としばしの別れをすることは覚悟していたが、まさか普通鉄道とお別れをするとは夢にも思わなかった(まぁ仕事を覚えることを第一に考えるならばこれ以上ない理想的な場所ではあるが…)。これまで親の都合による引越しもなく、ずっと大船に住んできた私にとって初めての引越しであり、初めての一人暮らしとなる。長年住み慣れた地元を離れること、さらには鉄道趣味をとりあげられることに一抹の不安を感じないわけではないが、新生活の門出に期待している部分もあるのも事実。とにかく一日でも早く仕事を覚え、そのうえで新たな楽しみを見つけられるように頑張りたい。今日の一枚はそんな旅立ちの意味も込めて寝台特急富士・はやぶさ号の最期の発車シーン。

春眠暁を覚えず

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Minolta SR-7 AUTO ROKKOR-PF 55mm f1.8 FUJIFILM NEOPAN400 Presto

ある春の昼下がり、道を歩いていると何やら視線を感じた。周囲を見回すとアパートの階段に猫が並んで二匹、どうやら僕が起こしてしまったらしい。この心地よい陽気で一日中ごろごろとしていたのだろうか。

マジックタイム


2013年12月13日撮影 鎌倉高校前駅

マジックタイムとは日没後の薄明の時間帯のことで、光源となる太陽が姿を消しているため限りなく影の無い状態が作り出される状態となって色相がソフトで暖かい金色に輝く、文字通りまるで魔法がかかっているかのように見える時間である。(※人によってはゴールデンアワー と呼んでもいる。)冬場のマジックタイムは特に空気が澄んで美しく、ここ湘南では遙か彼方にある富士山の形がシルエットとなってある意味では昼間よりもクッキリとその姿を捉えることができる。かすかな明るさを頼りにシャッタースピードをスローにすると波が絶え間なく満ち引きを繰り返し、海岸線沿いの道路には車のライトが灯って光跡となり江ノ電だけが止まっている空間が写る。

瀬戸内の103系


2014年10月28日撮影 呉線にて

穏やかな瀬戸内の海岸線沿いをかつての通勤戦線を支えた103系が走り抜ける。日本は戦後の復興から経済成長が進むにつれて旅客輸送量が爆発的に増大していった。とりわけ首都圏の通勤事情の悪化は著しく、1961年1月には中央線朝ラッシュ時に+56分30秒という混雑による遅延としては過去最高の記録をたたき出したことも。そこでこの地獄のような状態を緩和するため101系を、そしてその101系を踏襲してさらに発展させたのがこの103系である。1963年から1984年まで、21年の長きにわたって製造されたため、製造が進むにつれ設計変更が盛り込まれており、初期製造車と最終増備車で大きく異なる。この広島で活躍している103系も出自が点でバラバラで、各地区からより集めにしたため編成ごと、もしくは一両ごとに仕様が異なっていた。今となっては不思議に思えるような話ではあるが、日本の鉄道を国鉄という一つの組織が全て仕切っていた時代では各地で融通するのは割と普通だったのであろう。とにかく、首都圏で活躍していた車両が組み替えられて関西圏に流れ、そこからさらにまた組み替えられて地方に流れたりトレードされたりしていく。激動の通勤戦線を駆け抜けた103系は今はこんなにも穏やかな瀬戸内で隠居生活を送っている。既に227系の投入も決まっており、広島地区からの撤退もいよいよ秒読みである。それにしても、まさか日本第二の都市大阪を走る大阪環状線よりも一足早く引退するとは思ってもみなかった(笑)
プロフィール

しらす

Author:しらす
twitter@gdgd209motor
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≪自己紹介≫
一応、撮り鉄やってます。大好物は貨物列車や機関車(特に凸型デキ)、専用線・専用鉄道など。最近は地元江ノ電の撮影にお熱ではありましたが…就職で沖縄に引っ越すことに。というわけで現在撮り鉄休業中。

≪主な使用機材≫
Nikon D4s ←NEW!!
Nikon D7000
Nikon D40
AF-S NIKKOR 200-500mm f/5.6E ED VR
SIGMA APO 70-200mm F2.8 II EX DG MACRO HSM
AF-S NIKKOR 24-70mm f/2.8G ED
SIGMA 17-70mm F2.8-4 DC MACRO OS HSM
SIGMA 15mm F2.8 EX DG DIAGONAL FISHEYE
Ai AF Nikkor 28mm F/2.8
AF-S Nikkor 50mm F/1.8G
SIGMA 300mm F4 APO TELE MACRO

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