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鉄仮面


2011年4月30日撮影 東海道新幹線東京~品川にて(写真と文面は関係なし)

300系新幹線はこれまでの団子っ鼻の流線型フォルムの新幹線からは一線を隔したデザインであった。そして、そのイカツさからいつの間にやら鉄仮面と言うあだ名までついていた。しかし、個人的には鉄仮面と言われるとどうも南海ラピートの方が相応しい気がしてならない。そんなことを考えながら私は300系新幹線のラストラン時に某テレビ局の取材を受けたことを記憶している。
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沖縄に引っ越しました


2015年3月29日撮影 ゆいレール 牧志~美栄橋にて

先日にもお伝えした通り、勤務地が沖縄になり単身引っ越すことになった。この年にして初めての一人暮らしということにも当然戸惑いがあるわけだが、それ以上に生活習慣の違いにより正直かなり戸惑っている。『関東VS関西』の程度ならばまだ笑い話にもなりかわいいものなのだが、これとは比べ物にならないくらい異なるのが沖縄クオリティーであった。その一例として風呂事情を紹介しよう。沖縄では湯船に浸かる習慣があまりなく、殆どシャワーで済ませるそうだ。そして、沖縄県の多くの家庭では未だにプロパンガスが主流(都市ガス普及率は全国最下位)であり、県内のガス料金はかなり割高である。そのため、本土から来る人だと毎日湯船に入るために無意識のうちに一月のガス代が1万円を軽く超えてしまい注意が必要とのことだ(ガス工事業者談)。また、つい最近まで日本で唯一鉄道がない県であっただけあり鉄道趣味の浸透がほぼ皆無に等しく、ゆいレールにごっついカメラを向けているだけでも本土以上に声をかけられるのは沖縄鉄あるあると言ったところだろうか。

Nikon AF-S Nikkor 50mm F1.8G

Nikon AF-S Nikkor 50mm F1.8G

標準単焦点レンズ…それは沼の始まり。これまで長い間ズームレンズを使用してきたこともあり、画角を変えるには自ら前後に移動する必要のある単焦点レンズを軽んじている所があった。しかし、D7000の導入してからというものレンズ性能をさらに追求をしていくにあたっては単焦点レンズの導入は避けては通れない道であった。そして出会ったのがNikon AF-S Nikkor 50mm F1.8Gである。コイツの一番の特徴はコスパの高さである。新品を定価で買っても2万円を切る安さながら、超音波モーター搭載でAFは静粛かつ速やいし、中央から周辺までシャープで美しい描写が得られる。某所では「開放では甘い」などと書いてあったが、絞ればシャープでコントラストも高くF1.4Gとほぼ同等だ。だいたいにして鉄道写真において単焦点レンズをそのまま開放で使うことはまずなく、最低でもf2.8くらいまでは絞るのでその点は何の問題もないはずである。確かに本音を言えばより明るいF1.4Gが欲しい所だがコスパを考えればこれで十分。F1.4の明るさが必要なければコスパの高いコイツを選んだ方が幸せになれるというのが私の持論である。また、コスパと言えば同じカテゴリ内のライバルでコイツよりもさらに低価格なキヤノンのEF50mm F1.8 IIが存在する。しかし、あちらは撒き餌レンズと言われるだけあってコストダウンを徹底的に追求してして1万円を切る超低価格を実現した結果、見た目はとても安っぽく、AFもうるさい物となってしまった。その点、Nikon AF-S Nikkor 50mm F1.8Gは価格と性能を両立させる姿勢を貫いた良いレンズである。

芋電七変化!!! 第三形態!!!(最終)


2014年12月12日撮影 稲村ヶ崎~極楽寺にて

あの衝撃の夜から4日、カバーで隠されたヘッドマークは10月14日の姉妹提携記念式典でお披露目されるはずだった。しかし、そのせっかくの記念式典も台風の接近によって中止となり、カバーを外すこともなくそのまま極楽寺で終日入庫してしまう。そして翌日、何事もなかったようにカバーを外してようやく運用が開始された。結局のところヘッドマークに車体と同色の紫のカバーがかけられた異様な姿は運用に就かなかった日を含めると4日も見れなかい貴重な姿だった。さて、ヘッドマークがいざ見えてしまうとそれはそれで情熱が冷めてしまうもので、この点では絶対領域なるジャンルの性癖には同意できる部分があるというものだ。私が初めて芋電の最終形態をまともに撮影したのはお披露目から2ヵ月が経とうとする12月半ばのことであった。

卒業


Nikon F60 AF-S Nikkor 50mm F/1.8G FujiFilm NEOPAN400 PRESTO

今日で私は大学生活を終える。大学では素晴らしい教授、良いことから悪い事まで教えてくれる先輩や一緒に馬鹿をやってくれる友人にも出会うことができた。思い起こせばこの4年間はあっという間であった。浪人の末に滑り止めの大学にしか行けなかったため、入学当初はこの大学が嫌で嫌でたまらなかったが、住めば都というものでいつの間にか好きになっていた。椅子が硬くて座るとお尻が痛く、夏は暑く冬は寒く、とにかくオンボロな校舎も今では愛おしい。

桜の咲くころに


2013年3月8日撮影 京急久里浜線三崎口~三浦海岸にて

河津桜は早咲きの品種として一足早い春の便りを告げる桜である。三浦では約1000本の河津桜が三浦海岸駅から京急線沿い1kmにわたって植えられており、毎年春になると一面のピンク色の世界を作り上げる。個人的にはこのピンク色の濃さがあまり好みではないのだが、写真を撮るうえではこのくらいの色乗りがあった方が絵にしやすいのでまぁ良しとしよう。また、他の品種と比べて花期が1ヵ月とかなり長持ちするのも特徴であり、写真撮影には本当に打ってつけの桜である。

芋電七変化!! 第二形態‼︎

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2014年10月10日撮影 1002F 江ノ島駅

朝から単行運用に入っていた芋電こと新嵐電号(1002F)は9時過ぎに車両交代で極楽寺に入庫した。いつも通りのことである。私はここしばらくは芋電ばかり追いかけていたので、入庫を確認すると撮影を切り上げた。しかしながら、それだけでは一日700円するフリーパスがもったいない。最近はこのような形で午前中に撮影を切り上げ、夜に再出撃するというスタイルをよくとっている。この日も同じように夜の江ノ電に再出撃した。さて、夜の併用軌道区間で撮影をしていると腰越方面から芋電がやってきた。しかし、これは妙である。なぜなら、通常であれば朝の単行運用からの入庫後は明日まで動かないからである。不審に思いながら通過する芋電を眺めていると外装の変化に気がついた。まず一つ目が江ノ電のゆるキャラえのん君と嵐電のゆるキャラあらんちゃんのラッピングが施されていることである。そして二つ目、これが一番の変化でなんとヘッドマークが付いているではないか。しかも、このヘッドマークは車体の紫色に合わせたカバーが掛けられ、あからさまに隠されている。おそらく、数日後に控えた嵐電との記念式典で初お披露目しようということなのだろう。それにしても、それならそれで式典まで車庫で保管しておけばいいのに…と思わずにはいられなかったが、数日しか見れないであろうこの姿を私は夢中になって撮影した。

【つづく】

遊具鉄道の踏切①


@小田原こどもの森公園にて

遊具鉄道は基本的に完全に閉ざされた空間を走っているが、規模が大きなものになってくるとその路線内に踏切が存在することがあるので今回はそのことについて書こうと思う。このような遊具鉄道の踏切は小田原こどもの森公園や山梨県の甲府駅近くにある山交百貨店の屋上遊園地、伊豆修善寺虹の里などで確認することができた。遊具鉄道の踏切と言っても実際の鉄道と同様に警報機から遮断機まで全て自動の踏切もあれば、踏切警手の係員が通過時に道路封鎖をする場合もあるし、中には警報機だけで遮断機などは一切ない踏切もあって実にさまざまである。今回はその中でも最も良く見かけるも自動式踏切の紹介である。この自動式踏切は上から遮断棒が降りてくる普通鉄道ではお馴染みの形の踏切とは少し違う。警報機こそ同じであるが、この踏切は遮断機が上下ではなく左右に振られる、スライドする封鎖方法をとる。列車通過時もそうでない時も常に線路内への立ち入りを防げるようになっているのだ。昔、機関車トーマスではよく見かけたものだからヨーロッパではお馴染みの形なのだろうか。

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▲通常時は線路側に遮断棒がスイングして線路内への立ち入りを防ぐ

成田空港空と大地の歴史館


2015年2月10日訪問

成田空港の周辺の観光スポットといえば航空博物館…といきたいところであるが、残念ながら今回訪れた場所はそのお隣(正確には付属施設)の空と大地の歴史館である。成田空港は日本の空港では唯一の検問が常時実施されている空港で、入場者全員に検問所での身分証明書の提示、場合によっては荷物検査までもが課せられている。空港会社の警備員の他、警察の専門部隊(千葉県警察成田国際空港警備隊)までもが検問所とターミナル内に常駐警備・巡回しており、その異例の厳重さから別名戒厳令空港などと呼ばれることもある。これは空港建設から開港に至るまでの歴史的経緯から新左翼過激派による活動を抑止することが目的だった(現在はテロ警戒の意味合いが強いそう)。この空と大地の歴史館はこうした成田空港の建設計画の策定の経緯から過激派との闘争、そして開港後から現在に至るまでの歴史を伝えるためのものである。元々は空港建設に対する地元側への見返りとして芝山鉄道や航空博物館と一緒に行政側によって建設されたこの歴史館であるが、闘争の歴史に関してはあまりに詳細なまでに紹介されているためとても官側の箱モノには思えない。同館のホームページにも『この地に刻まれた歴史をできるだけ正確に後世につたえていくことを目指して当館は設立されました』とあるように、様々な視点・立場から空港建設の歴史について全力投球することが表明されている。目玉は何と言っても実際に過激派が使用したゲバヘルやゲバ棒、火炎瓶である。近年になって近隣農家の納屋から発見されたもので、どれも闘争の跡が残っている。その他にも様々な資料や当時を伝える貴重な品々が展示されている。現在も燻っている日本の諸問題の陰で暗躍する厄介さんたちはこうして生まれたのだということがよく分る博物館だ。皆様も社会への不満に対して声を荒らげる前に是非一度訪れてほしい。学芸員の方も非常に親切に説明してくださり、そして実に面白い人である。

芋電七変化!


2014年10月10日撮影 1002F 七里ヶ浜~稲村ヶ崎

江ノ電と嵐電は2009年10月に姉妹提携を行い、江ノ電は嵐電風の塗装の嵐電号を、逆に嵐電は江ノ電風の塗装の江ノ電号を走らせていた。しかし、それからわずか一年後の2010年、嵐電は開業100周年を記念し突如として京紫色を新標準色として塗装変更を開始。これによりたった一年でせっかく塗装を合せた江ノ電の嵐電号が台無しとなった。そして、江ノ電は嵐電塗装変更騒動から遅れこと4年、提携5周年のタイミングでようやくそれまでの嵐電号を新標準色に合わせた新嵐電号へと切り替えることとなった。江ノ電は車種が豊富なうえ車両ごとに専用の季節限定の幕があり、さらにはこのような車両のラッピングが活発に行われている。使命感高き江ノ電マニアには一時の暇さえも与えられない(笑)。今回紹介する新嵐電号は短い期間で二段階の変身を遂げるもので、就活と相まってこの間は私も非常に忙しかった。この日は朝の単行運用に新嵐電号となった1002Fが充当されていたので撮影に向かった。まさかその晩にあんなことになるとはつゆ知らずに…【つづく】

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プロフィール

しらす

Author:しらす
twitter@gdgd209motor
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≪自己紹介≫
一応、撮り鉄やってます。大好物は貨物列車や機関車(特に凸型デキ)、専用線・専用鉄道など。最近は地元江ノ電の撮影にお熱ではありましたが…就職で沖縄に引っ越すことに。というわけで現在撮り鉄休業中。

≪主な使用機材≫
Nikon D4s ←NEW!!
Nikon D7000
Nikon D40
AF-S NIKKOR 200-500mm f/5.6E ED VR
SIGMA APO 70-200mm F2.8 II EX DG MACRO HSM
AF-S NIKKOR 24-70mm f/2.8G ED
SIGMA 17-70mm F2.8-4 DC MACRO OS HSM
SIGMA 15mm F2.8 EX DG DIAGONAL FISHEYE
Ai AF Nikkor 28mm F/2.8
AF-S Nikkor 50mm F/1.8G
SIGMA 300mm F4 APO TELE MACRO

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