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閏の日に…


2015年12月31日撮影 石上駅

小学生の時にうるう年、2月29日生まれの友達がいた。そいつは4年に一度しか年を取らないとからかわれていたが、実際には「出生の日より起算」(年齢計算ニ関スル法律第1項)という法律があるので、出生日の応答日の前日の満了をもって年齢が加算される。つまり、2月29日に生まれた場合でも前日の2月28日が満了した時点で年齢が加算され、その年齢加算方法は全く同じなのだ。
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波の乗れ!!


2014年11月7日撮影 鎌倉高校前~七里ヶ浜にて

時代の波に乗れていない気がする。参加した合コンでそう思った。

Spring is just around the corner.


2015年3月22日撮影 小湊鐵道養老渓谷~上総大久保にて

春はもうそこまで来ている。嗚呼、本土に帰りたい…。

鵠沼の原風景


2015年3月30日撮影 鵠沼~湘南海岸公園にて

鵠沼駅周辺で撮影された古い江ノ電の写真を見ると、現在の姿からはとても想像はできないくらい辺りには何もない。元々、鵠沼は湘南砂丘地帯の中にあり、昭和初期頃まで砂丘が残っていた。これらの砂丘は、明治・大正に入ると防風林の植林によって畑や別荘地となり、さらにはベットタウンとして現在の住宅街となった。鵠沼橋梁に架かるアプローチ区間には、かつての鵠沼の風景が一区画だけ、畑という形でが残っている。

ネオパークオキナワの遊具鉄道(沖縄軽便鉄道) 概要



ゆいレールの開業から遅れること約二年、2005年4月16日、沖縄県に本当の鉄路が帰ってきた。全国で唯一、鉄道(旅客)のない県として知られる沖縄県ではあるが、実は戦前までは沖縄県営鉄道(通称:ケイビン)と言う軽便鉄道があった。『戦前まで』と言う言葉通り、ケイビンは沖縄戦で壊滅的な被害を受け、戦後も路線の部分部分を米軍基地として接収されるなどしたため、再建されることはなかった。さて、ここネオパークオキナワではそのケイビンを現代に再現し、広大な園内をツアー形式で一周する全長1.2kmの遊具鉄道を2005年に開業させた。機関車は実際にケイビンの1号車でもあったドイツ・ヘンシェル社製B1型タンク機関車(実寸の4分の3)とかなりデフォルメされたD51(222号機)の2種類がある。もちろん、いずれも蒸気機関車をモデルにした電気機関車(第三軌条方式)である。発着所はケイビン嘉手納線を北部に延伸する構想で名護にも駅を設置する計画があったことから、名護駅と命名されている。

ネオパークオキナワ(名護自然動植物公園)


2015年訪問。

ネオパークオキナワは沖縄本島の北部、名護市にある市立の動植物公園だ。東京ドーム5個分の広大な敷地に沖縄の亜熱帯の気候を活かして、アフリカ・中南米・オセアニアなど、世界各地の熱帯動植物を展示している。園内には一周約1.2kmの遊覧用の遊具鉄道があり、動物園と言うよりはサファリパークといった感じ(当遊具鉄道については別記事で紹介)。株式会社という形をとりながらも実質「市立」と言う運営形態上、失礼な話、お金に苦労していらっしゃる感じが園内のいたるところから滲み出ている。いくつか紹介すると、①普通の動物園なら直営のお土産コーナーがあるはずだが、ここでは直営の店舗はほぼ撤退し、地元の人が謎の商品を陳列するフリーマーケットが大部分を占めている。②園内のいたるところで所定の入園料以外にちょいちょい別の入園料の徴収しようとする商魂たくましい姿。③飼育していた動物がいなくなったために空のゲージが園内のいたるところにあるのだが、そのゲージを客が自由に出入りできるようにして、「ヒト」と書いた立て看板を設置したりと、見せるものがいなくなったことを逆手に取った斬新な戦略。その他、ネタを仕込んだ職員お手製の物品が園内のいたるところにある。つまり、お金がないなりにも色々と工夫はしており、それがここ魅力だと私は感じている。幾度となく閉園の話が持ち上がっているのだそうだが、その度に根強いファンによる反対運動で撤回されるというのも頷ける。とにかく、素晴らしいくらいのB級(褒め言葉)スポットであり、海に飽きた人には是非おススメしたい場所である。ちなみに、純粋なサファリパーク的な意味でも、十分に充実した施設なので、B級目当てでなくても普通に楽しめるとは思う。

鎌倉は何の街?


2015年12月31日撮影 鎌倉高校前~腰越にて

「鎌倉はどんな街ですか?」 就活をしていた際、面接官に唐突こう聞かれた。鎌倉幕府だから武士の街。夏目漱石、島崎藤村、有島武郎、 国木田独歩、芥川龍之介、川端康成…数々の文豪に縁のあった文芸の街。分りやすい答え方は色々とあったと思う。しかし、私はこれらではなく、「映画の街です」と返答をした。当然、面接官は「?」という顔。鎌倉と言っても、何も鶴岡八幡宮や大仏があるところだけが鎌倉ではない。私の地元、大船にはかつて松竹大船撮影所があった。ここでは松竹の看板映画だった『男はつらいよ』シリーズなどをはじめとした数々の名作が生み出された他、鎌倉に住む文学者(通称:鎌倉文士)の作品もこの場所で映画化された。地元で映画の原作が生まれて、同じ場所でそれらが映画化される。なんと素晴らしい地産だろう。しかしながら、当然ここまでのことをその場で言えるわけもなく、面接はあえなく撃沈した。寅さんだけで攻めたのは実に浅はかだったと思う。

マイナンバー


2008年3月9日撮影 大船~戸塚にて

コインロッカーや車のナンバープレートだったり、数字を選べと言われれば人間ついつい好きな数字を選んでしまうもの。選ぶ数字はその日のラッキーナンバーだったり、誕生日だったりと十人十色。そして、鉄道好きなら誰しもがやってしまうのが、形式などの車番を選んでしまうというもの。私もスーパー銭湯のコインロッカーなどではついつい1118や209、305といった数字を選んでしまう。

動態保存


2015年9月19日撮影 粟津公園なかよし鉄道
尾小屋鉄道はかつて石川県小松市を走っていた軽便鉄道である。遊覧用に作られた西武山口線を除くと、旅客営業を行う非電化の軽便鉄道としては国内で最後まで残った路線であり、1977年の廃止の際には大きな注目を集めた。さて、地元ではさぞ思い入れがあったのか、廃止後も粟津公園と石川県立尾小屋鉱山資料館の2か所で動態保存されている。とりわけ、粟津公園では園内に500m程の線路が敷設され、「なかよし鉄道」と名前を変えながらも毎週水・土・日(祝日)に現役時代さながらの形で運転されている。動態保存機を運行させることが、鉄道会社のみならず沿線にも大きな経済効果をもたらすこと実証され、日本でも鉄道車両の動態保存の動きがそれなりに根付いてきた。しかしながら、その対象はSLが中心と非常に限定的。確かにディーゼル機関はSLに比べれると(観光的に)見劣りしてしまうかも知れないが、かつて地域を走っていた記憶を残す目的でも動態保存は有益である。一方、動態保存には静態保存とは比べ物にならないくらいコストがかかるのも事実。それをどう賄うかと考えた際、やはり容易に集客が見込めるSLに、事業者は走ってしまうのだろう。
プロフィール

しらす

Author:しらす
twitter@gdgd209motor
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≪自己紹介≫
一応、撮り鉄やってます。大好物は貨物列車や機関車(特に凸型デキ)、専用線・専用鉄道など。最近は地元江ノ電の撮影にお熱ではありましたが…就職で沖縄に引っ越すことに。というわけで現在撮り鉄休業中。

≪主な使用機材≫
Nikon D4s ←NEW!!
Nikon D7000
Nikon D40
AF-S NIKKOR 200-500mm f/5.6E ED VR
SIGMA APO 70-200mm F2.8 II EX DG MACRO HSM
AF-S NIKKOR 24-70mm f/2.8G ED
SIGMA 17-70mm F2.8-4 DC MACRO OS HSM
SIGMA 15mm F2.8 EX DG DIAGONAL FISHEYE
Ai AF Nikkor 28mm F/2.8
AF-S Nikkor 50mm F/1.8G
SIGMA 300mm F4 APO TELE MACRO

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