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Minolta Hi-Matic E 

minolta Hi-matic E

 1960年代後半から70年代にかけてコンパクトカメラが世の中を席巻した。それまでのカメラはマニュアル撮影による露出を見極める技術が必要であり、ボディーも大きくて重たくてとても万人が気軽に撮れたというものではなかった。これがEE(Electric Eyeの略、AEとも言うらしい)機構の登場によって巻き上げてピントを合わせるだけ、後は何もせずにシャッターボタンを押すだけで気軽に撮影できるようになったのだ。また、電子機構はこれまでの機械式のカメラに比べてボディーの大幅な小型化を可能とした。1960年代・70年代の〇〇ブーム時に出現したカメラ小僧は、写真撮影に市民権を与えたEE機構のコンパクトカメラの産物なのだろう。とにかく、空前のコンパクトカメラブーム巻き起こり、海外製も含めて様々なメーカーが似たようなボディーのカメラをこぞって世に送り出した。OEMも盛んに行われたため、どのカメラがどのメーカーの中身なのかは少々疑問ではあるが、そんなカオスなところに惹かれて私はこの年代のカメラをこよなく愛し、収集している。
 今回紹介する一台もそのブームの真っただ中、1971年に発売されたMinoltaのHi-Matic Eというカメラである。当時は28000円~で販売され、様々なコンパクトカメラが溢れていた中では少々高めで高級機の位置づけであった。重量は540gと今のコンパクトカメラからの感覚では大きめのボディーであるが、これは当時としても少々大きめであった。しかし、その分写りはロッコールらしいしっかりとしたものだと思う。一方で弱点もある。このカメラはシャッター回り、とりわけレリーズ部分の電子系統が弱いのである。私のこの一台も3本目のフィルムの途中で壊れてシャッターが切れなくなってしまった。現在2代目を整備中だ。

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SIGMA APO 70-200mm F2.8 II EX(Nikon Fマウント)

Nikon SIGMA APO 70-200mm F2.8 II EX

 D7000の導入以降も一年弱の間はD40のキットレンズのままであった。しかし、さすがに5年目に入ろうとするキットレンズは所々でガタがきて、さらには1600万画素の性能に全く追いつけていなかった。D40の時こそ解像度がそこまで高くなく拡大して隅々まで見ることも少なかったため気にならなかったが、高画素化はこういう描写の甘さや色収差をはっきりと判るようにしてしまうのだ。恐ろしい話である。そんなある日こと、盟友のI君がAF Nikkor ED80-200㎜F2.8Dを持っていたので貸してもらうと写りはレンズにかける金だということを痛感、即日で新レンズの購入を決意した。師曰く、弘法筆を選ばず(本当の名人は道具の善し悪しなど問題にしない)。高校時代の先走る私をそうやってよくなだめてくださったものだが、やはり世の中機材である。「この機材でなければ撮れないものがある、あの時もっと良い画質で記録しておけばという後悔はしたくない」そう自分に言い聞かせて中野のフジヤカメラに走った。
 店員に予算を告げるとAF Nikkor ED80-200㎜F2.8DとSIGMA APO 70-200mm F2.8 II EXとタムニッパを勧められた。タムニッパは操作性も悪かったので速攻で選択肢から消えた。残選択肢は二つでここは無難な純正かなと思っていたが、SIGMAで試写するとこれがビックリするくらい綺麗に写った。値段も写りもと変わらなかったので迷いはしたが、ワイド側のカバー範囲でこいつに決めた。お値段中古で5万円也、このおかげでしばらくは遠征に行くことができなくなった…。
 サードパーティー製と侮ってはいけない、性能は優秀である。開放では少々甘いがそれはだいたいの大口径レンズでも同じこと、f4以降は全く問題ない。所謂SIGMAらしいシャープでキリッとした写りが得られる。そして艶消しのレンズボディーや三脚座がとにかくカッコいい。今も主力機材として全国各地を連れ回している。

Nikon D7000

Nikon D7000
 私にとっての初号機、D40はNikonユーザーなら誰もが認める名機であった。しかし、デジタル一眼レフの高画素化高性能化の時代の流れの中、己の物欲には逆らえなかった。2011年の夏、大学生になって初めてのサークル合宿だと浮かれているとワンクリック…気がつくとコイツが手元にやってきていた。
 当時はデビューしてからまだ間もないD7000と少々お古感は否めないが実績確かで拡張性もあるD300sの2種類の中級機が市場には出回っていた。そんな中、どうして私はD7000を選んだのかというと、キャッシュバックキャンペーンがあってD300sよりもかなり割安だったからである。当然、高画素化に対する弊害は熟知していたので単に安いからという理由だけではためらいはしたが、知り合いの業界の人の「APS-Cサイズでの限界は1600万画素だ」という言葉が背中をさらに押してくれた。そんなこんなで色々と言われるD7000であるが、AF以外は評判通り大変優秀である。連写も効くし、D40よりも頭がよく露出も外さないし、そのうえ高感度にもより強くなった。江ノ電のスナップではこの連写性能と高感度性能は抜群に発揮してくれた。
 D7000以降のNikonの一眼製品はプロ機以外どうもパッとする製品が出なくなり、正直言うと一般層に分かりやすくウケそうな高画素化ばかりを極端に追求したどうしようもないラインナップである(入門機にそんな高画素はいらないんだよ!!FX機なんて一般ユーザーが必要とするわけないだろ!!中・上級機を使う人間考えたことあるのか!?)。そんなこともあってこのD7000は最後のアタリであり、導入して良かったと感じている。しかし、こいつの導入によって高画素化の弊害からレンズ選びも慎重にならざるを得なくなったのも事実。この後、とんでもない出費の嵐に足を突っ込む事態になったが、それはまた今度の話にしよう…

Nikon D40

Nikon D40
 2007年春、私の初めての一眼レフがこのNikon D40である。当時は中学生の時から使っていたSONYのカメラに限界を感じ、一眼レフカメラへの移行を日々夢見ていた。しかし、当然ながら中学生のガキにそんなものが買える訳もない。そこで駄目もとで親に相談すると、高校受験で某進学校に合格したら買ってやるというという条件を引き出すことができた。そして、馬ニンジン作戦の末、見事買ってもらえることになった。合格してからは一眼レフのことが頭から離れず、毎日のように家電量販店に通ったのも良い思い出である。とうとう購入する日が来た。私はNikonかCanonのどちらにするか迷った末に入門機(D40)の販売戦略で世間を沸かせていたNikonを選んだ。お値段はダブルズームキットで10万円ちょっとだったと記憶している。約束とは言えこんな大金をポンと出してくれた親には今でも感謝しても感謝しきれない。
 実際に使ってみると機能面で少々物足りなさを感じるものの、一眼レフとしてはコンパクトで初心者には使いやすかった。また、この少々劣る機能面も写真の基礎を学ぶうえではとても大事なものであったと思っている。こいつを買ってからはすぐに九州遠征に行き、その後も全国各地をこいつと共に撮影しまわった。現在のメイン機であるD7000の導入以降は出番は減ってしまったが、今もそのコンパクトさからお散歩カメラとして、さらには二丁切り用としてバックの片隅に入っている。3000万画素オーバー、2000万画素の機種ですら当たり前のように流通する現代ではあるが、今でも十分使える1台である。なお、購入した翌日にD40のバージョンアップ機のD40Xが発表されたのは今でもトラウマである。カメラを買うときは慌てず焦らず落ち着いて購入検討しよう。
プロフィール

しらす

Author:しらす
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≪自己紹介≫
一応、撮り鉄やってます。大好物は貨物列車や機関車(特に凸型デキ)、専用線・専用鉄道など。最近は地元江ノ電の撮影にお熱ではありましたが…就職で沖縄に引っ越すことに。というわけで現在撮り鉄休業中。

≪主な使用機材≫
Nikon D4s ←NEW!!
Nikon D7000
Nikon D40
AF-S NIKKOR 200-500mm f/5.6E ED VR
SIGMA APO 70-200mm F2.8 II EX DG MACRO HSM
AF-S NIKKOR 24-70mm f/2.8G ED
SIGMA 17-70mm F2.8-4 DC MACRO OS HSM
SIGMA 15mm F2.8 EX DG DIAGONAL FISHEYE
Ai AF Nikkor 28mm F/2.8
AF-S Nikkor 50mm F/1.8G
SIGMA 300mm F4 APO TELE MACRO

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